コラム:カテゴリー
奇跡の生還
山野井泰史さん・妙子さん夫婦。私など足元にも及ばない、世界でもトップレベルのクライマーです。
この山野井さん夫婦が2002年にヒマラヤのギャチュンカン(7,985m)北西壁を登攀し、下山時に事故に遭っています。
(詳しい経緯はこちらをご覧ください。)
10月10日に、雪崩に打たれ遭難。二人とも視力を失いながら、手探りで風雪の大岩壁を下降。そんな絶望的な状況でもあきらめることなく行動し、10月13日にベースキャンプまで自力で下りきりました。
ベースキャンプでは2人が遭難したと判断し、ポーター達は下山。ちょうどベース撤収のために再び戻ってきた時に、二人がベースにたどり着いたそうですから、まさに奇跡的な生還です。
このときの事故で、夫婦あわせて手足の指を28本失ったという、壮絶な脱出行。沢木耕太郎さんがドキュメントを書いていますから、山を登る人はぜひ読んでほしいですね。「あきらめない心」がいかに大切か、よくわかります。
この山野井さん夫婦が2002年にヒマラヤのギャチュンカン(7,985m)北西壁を登攀し、下山時に事故に遭っています。
(詳しい経緯はこちらをご覧ください。)
10月10日に、雪崩に打たれ遭難。二人とも視力を失いながら、手探りで風雪の大岩壁を下降。そんな絶望的な状況でもあきらめることなく行動し、10月13日にベースキャンプまで自力で下りきりました。
ベースキャンプでは2人が遭難したと判断し、ポーター達は下山。ちょうどベース撤収のために再び戻ってきた時に、二人がベースにたどり着いたそうですから、まさに奇跡的な生還です。
このときの事故で、夫婦あわせて手足の指を28本失ったという、壮絶な脱出行。沢木耕太郎さんがドキュメントを書いていますから、山を登る人はぜひ読んでほしいですね。「あきらめない心」がいかに大切か、よくわかります。
腕を切り落として生き延びたロッククライマー
2003年にあった実話です。
アメリカのあるクライマーの、遭難からの生還話なのですが、概要はこんな感じです。
1)Tシャツと短パンで狭い峡谷を登っている最中に、右手のひじから先が数百キロの岩の下敷きに
2)そのまま5日間救出を待つ。3日目には持参した水もなくなる。
3)5日目についに決断し、ポケットナイフで右手を切断、その後、20数メートル絶壁を降りて10キロ強歩いたところで救出隊に見つけられる。
私は勝手に、生き延びるための不屈の意志を持った方なのだろうと想像していたのですが・・・実際は違うようです。
なんと彼は、『あまりに体が頑強なので、心が萎えてしまっても死なない。よって生き延びた』ということだったのだとか・・・。
詳しくはこちらを読んでいただきたいのですが、自分の切り落とした腕を『記念撮影』したり、あまりのタフネスぶりに、不謹慎ながらも大笑いしてしまいました。
いや~、世の中にはこんな人もいるんですね~。
アメリカのあるクライマーの、遭難からの生還話なのですが、概要はこんな感じです。
1)Tシャツと短パンで狭い峡谷を登っている最中に、右手のひじから先が数百キロの岩の下敷きに
2)そのまま5日間救出を待つ。3日目には持参した水もなくなる。
3)5日目についに決断し、ポケットナイフで右手を切断、その後、20数メートル絶壁を降りて10キロ強歩いたところで救出隊に見つけられる。
私は勝手に、生き延びるための不屈の意志を持った方なのだろうと想像していたのですが・・・実際は違うようです。
なんと彼は、『あまりに体が頑強なので、心が萎えてしまっても死なない。よって生き延びた』ということだったのだとか・・・。
詳しくはこちらを読んでいただきたいのですが、自分の切り落とした腕を『記念撮影』したり、あまりのタフネスぶりに、不謹慎ながらも大笑いしてしまいました。
いや~、世の中にはこんな人もいるんですね~。
